Keishythm

人間らしくちゃんと生きたい何かの、足跡です。

万象に天意を覚える者は幸せ 新河岸川を歩く(続き)

昨日の突然の雷雨が過ぎて、とっても暖かくなりました。桜のあるところあるところに人は集まって、隅田川沿いはとってもわいわいしています。

今日は荒川「知水」資料館に行ってきました。「治水」をもじっているのでしょうか。歴史を踏まえ、かつ資料館らしくていい名前です。「知」も「治」もひょっとしたらあまり違わないかもしれません。赤羽岩淵にあるのですが、この岩淵水門にて新河岸川は隅田川に昇格します(イメージで隅田川のほうがエライ)ところで、今「隅田川」と言っている川はもともと荒川なんだそうです。「荒」の文字通り昔から氾濫することの多かった荒川(現隅田川)。下流の住民(今の中央区とか墨田区台東区とかだと思う)はみな、それに備えて木の舟を家に置いておいたそうです。(写真1)

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それを治めるために昭和40年に放水路を作る大規模な工事をした。その放水路が今の荒川なんですって。その工事を指揮したのが「青山 士(あきら)」という方。この記事のタイトル「万象に天意を覚える者は幸せ」という言葉を残した人です。意味は何でしょう。知りません。でもそのまま読めば、すべての事象に天(超越した何か)の意思を感じる人は幸せだということですかね。この方の先生に、クリスチャンの内村鑑三がいるので、なんとなくその思想の流れかなと思います。

資料館の入り口に青山士が残した石碑が置いてあります。(写真2)

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「この工事の完成にあたり多大なる犠牲と労役とを拂(払)いたる我らの仲間を記憶せんが為に」

と書かれています(たぶん)。ここにあるように、放水路を作るにあたって非常に多くの苦難があったようです。そこにいた人たちは立ち退かなきゃいけないし、戦争や不況、関東大震災も重なって。穏やかな「荒川」にはそういう歴史があったんですね。

「歴史、川、天意」この並びはとても詩的だと思います。万象ということは人の営みも入るわけですから、青山は未来のために自分が放水路を作ることを天意と感じていたんでしょうね。青山の感じた天意、青山の意思は川に沿って、今も流れているんじゃないでしょうか。僕は川を遡って、歴史をたどって、その意志をくみ取る。そうやって人は、過去の人を生かすことができると思います。そうやって時代を超えた繋がりのなかで、大きな流れの中で生きていると実感することはきっと深い幸せなはずです。

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