Keishythm

人間らしくちゃんと生きたい何かの、足跡です。

やーっとはじまるぞー

〇マラウイに来てからの一か月間

 青年海外協力隊としてマラウイに来ています。はじめの一か月だけは同期隊員と寮で共同生活をし、防犯や健康面についての注意事項やマラウイの教育・農業・インフラなど各セクターについてのオリエンテーション、そして現地語のトレーニングを受けてながら、NTC(二本松Training Center)での派遣前訓練の延長のような感じで過ごしていました。あと数日したら、田舎の小学校(下に写真あり)に移動して活動をはじめます。その前に、「言語」と「教育」の様子について少しばかりまとめておきます。

 

〇トゥンブカ語のトレーニング

 実はアフリカの派遣を希望したのは、「アフリカの言語に興味があったから」というのが理由のひとつです。というのも移動民族の文化から様々な言語が入り混じっていたり、もともと言語の起源はアフリカにあると言われていたり、書き言葉が発達していなかったりなど、言語的な面白さが満載だからです。10日間のトレーニングで感じた言語的な面白さをいくつか紹介します。

 1つ目は、識字率が低く書き言葉が文化として未熟であるためスペルが定まっていないというのがあります。たとえば、「L」と「R」のスペルと「B」と「W」のスペルは互換可能なことが多いようです。(例)Kuphyela→Kuphyera, Yebo→Yewo

「先生、前書いてた時とスペル違くない?」と指摘しても「どっちでもいいんだよ」とたいてい返されます。最初は「ええ、発音変わってしまわないの!?」と思いましたが変わらないそうです。これは書き言葉が普及・定着していないからかなと思います。マラウイ人の識字率60%くらいで(*1 日本はほぼ100%)、本屋さんには教科書かバイブルくらいしか置いていません。現地語で書かれた本が本当に少ないんです。(あと現地語を学ぶための辞書も教科書もない)こうなると現地語は標準化されにくいので、様々な方言や癖を残し、スペルもゆるく寛容になっていきます。

 今後現地語が書き言葉として発達・成熟することはあるでしょうか。アカデミックな言語や文学的な言葉はほぼ英語となっていて、小学校5年生からはすべて授業は英語です。ある程度書き言葉の歴史の土壌がないと、ある言葉から受け取る共通イメージみたいなものが約束されないですから現地語を(で)読む習慣が生まれないと難しいですね。ちなみに私の配属先のカゼンゴ小学校は、母語はトゥンブカ語ですが国語としてチェワ語をやっているんです。英語も含めて彼らは3か国語に子供の時から囲まれている。たとえ識字率が高くなくても、言葉を操る力はすごいのかもしれません。こちらに来てたびたび思うのが、耳と記憶がすごくいいということ。日本語の発音がきれいだし、すぐ覚えていくんです。

 ところでアフリカでは「語り」の文化が強く残っているという話も聞きます。ですがマラウイでは教会のミサ以外でそういうのにはまだ出会えてません。言語文化全体の多様化や成熟、発展の視点で言えば、色んな言葉があって色んな文化が生まれますから、アフリカの文化や民族性の濃い言葉を「語り」にしろ書き言葉にしろ残っているのを発見することができたらいいなと思います。

 2つ目は、Suffix(接辞)という動詞の前後にくっついて意味を付与する言葉が非常に発達し多様で、一単語がものすごく長いことがあります。なので一瞬「なんだこれ?」と思う単語が、分解してみるとすでにならった単語だったりする。

(例)ikatikazghanga→i+ka+ti+kazgha+nga(主語+時制+目的語+動詞+相・態)

何が困るって、話し言葉に間やスペースの感じは元々そんなにないというか英語と変わらないので文句は言いませんが、書き言葉となるとスペースやis,am,are, at,on,withのような機能語があって視覚的に分解しやすい方が早く理解できるのかなあと思います。でも、日本語の方が分解するのはむずかしいか。(笑)

  

〇教育について

 さて、小学校隊員として派遣されているのでこれから学校や教育に関する雑記が増えていくかと思うので、今回はそんなに書きません。感じた大きなことを2つ。

 1つ目は「なんでそれをやるのか」分かってやってるの?と思うことが多すぎることです。言われたからやっている、教科書にあるからやる、決められているから、みんなやっているから、etc。そこに「教師としての私」の自負、流儀、モチベーションはないし、学校ごとの特色や伝統もない。授業研究をしないから変わり映えしない授業が淡々と毎日繰り返され、児童研究もしないから個別の指導もなくクラスの雰囲気も無色、教材研究をしていないから教科書の質が悪いことにも気に留めず、その単元やその問題で子供に何を教えたい、考えさせたいのかという視点が全くない。

 「なにが教育なの?」「学校って要るの?」...そんな哲学的なところを考えなければならないと感じています。もともとアフリカの教育を見たいと思ったのも、社会的・文化的・地域的背景様々な影響を受ける「教育というもの」の本質を捉えるには、様々な教育文化を見て考えなければならないと思っていたからなのでいいのですが・・・。

  2つ目は目に見える問題として、1クラス100人、多くて200人を超える規模に見合わない教員数、クラスルームの狭さ、そしてイス・机、ノートや紙の不足など学習環境の質の低さがあります。それによって何が保証されないかというと、「思考に集中する時間」です。ほとんどの授業が、板書をノートに写して終わりです。算数は良くて数問解く時間があるくらい。ノートの質が悪く鉛筆の色のらないのか、あるいは鉛筆が手に入らないのか、ペンでノートをとるので間違いを恐れて丁寧に書き、ひっ算の途中などで間違えば初めから書き直すので、時間がかかりすぎてそれで授業が終わります。教室に足の踏み場がなく机間巡視できないのと、教員数が少なく児童が多すぎて丸付けもして回れないので、個別指導もできず。もう書いたらキリがないほど悪循環・・・こんどもう少し詳しくまとめます。

 

〇さあ、やっと始まるぞ・・・

昨年7月に合格通知をもらってようやく本当に自分の、自分だけの活動が始まります。嬉しいけど、わくわくするけど、寂しいような、、、。この3か月の共同生活は自分の考え方や人生までもが影響される人との出会いや摩擦がありました。青年海外協力隊の良さはここにあると自信を持って言えます。

「他人」と出会えば出会うほど、「自分」と出会うことができると感じます。そして「自分」と出会うほど、「他人」と出会う。「他人」と「」で囲むのは、その「他人性」を言っているからです。頭では他人と分かっていても、つい自分の物差しで他人を測ったり、自分を押し付けてしまう。それは100%は避けられないとしても、そうなりがちなことを分かって気を払うことで新しい「他人」を見つけられるし、独善的で無駄な言い合いは減っている気がしますね。

 

これからも色々な出会いと摩擦に会うんだろうなあとわくわくしています。摩耗されてすり減るのではなく、角が取れてまるく、そして磨かれればいいかなと思っているます。でも訓練中はストレスがすごくてトイレが近くなっていて、たぶんやっぱり逃げたかったんだと思う。(笑) 辛かったら逃げます。(笑)

f:id:kec1129:20171105080525j:plain

 

*1...ご指摘を受け、100%→ほぼ100%と書き直しました。日本国籍でも帰化した方や日系人に文字が読めていない例や知的障害の例がたくさんあるとのことでした。

以前「生きなおすことば」という本を読んだことがあったのですが、その本は20年ほど前に横浜で日本人の大人向けに識字教育を行っていた実践の話でした。今でも色々な事情で文字が読めない人はいるようです。そういう意味では100%をほぼ100%と書き直したところで、数字には見えてこない複雑な現実を映すことはできないですが、ここに訂正を載せることで調べるきっかけになりました。